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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)10190号 判決

被告 荒川信用金庫

理由

一、原告の本訴請求に対する判断

(1)本件建物は原告が所有者であつたところ、これについて原告主張のような各登記がなされていることは、当事者間に争いがない。

(2)金額欄記載部分を除きその余の原告作成部分の成立に争いのない乙第一ないし三号証、証人沢俊男、同藤本源一の各証言によれば、昭和三七年三月二〇日被告金庫と内外建機との間に債権元本極度額を金三〇〇万円とする基本契約が締結されたこと及びその際、沢俊男が原告の代理人となつて被告金庫との間において、基本契約にもとづく内外建機の債務につき連帯保証をするとともに基本契約と同額の債権元本極度額について、本件契約を結んだことが認められる。

(3)右の基本契約、連帯保証契約及び本件契約締結に先だつ昭和三七年三月一八日、沢が右各契約の契約条項を記載した被告金庫作成の契約用紙を持参して舞鶴市在住の原告方に赴いた際、原告は主たる債務につき連帯保証をなし、本件建物に根抵当権を設定し、かつ抵当債務不履行のときは代物弁済としてこれを譲渡することを承諾し、右各書類に署名捺印しこれと本件建物の登記済権利証、委任状、印鑑証明書を同人に交付した事実については当事者間に争いがない。しかし、前出乙第一ないし三号証、鑑定人荒井晴夫、同金沢良光の各鑑定の結果、証人片山弥門、同沢俊男の各証言及び原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告が根抵当権設定及び代物弁済を承諾していたのは債権元本極度額金一七万円についてであつて、前示の沢が持参した契約用紙の各金額欄にはいずれも現に「三〇〇万円」と記載してあるけれども、原告としては当時「一七万円」と記入した事実(もつともそのうち約定書と題する書面(乙第一号証)には間違えて一〇七、〇〇〇円と記入したが、これを一七万円とする訂正を沢に一任した。)が認められる。そして現在の「三〇〇万円」の記載がその後原告によりまたはその諒解の下になされたとのこと、その他原告が債権元本極度額三〇〇万円を承知して、これにつき根抵当権設定、代物弁済の予約をすることを承諾し、沢に対しその契約を締結するについて代理権を与えたとのことを認めるに足りる証拠は存しない。そうとすれば沢が原告から債権元本極度額三〇〇万円として本件契約を締結する代理権を与えられたとのことはとうてい認められない。ただ右に認定した原告と沢との交渉から見るときは、当時原告は債権元本極度額一七万円について訴外沢に被告金庫を相手方として本件契約と同趣旨の契約をなす代理権を与えたと認めることができるので、沢が債権元本極度額を三〇〇万円として被告金庫となした本件契約は、結局同人がその有していた代理権限を越えてなした代理行為だというべきである。

(4)しかるに前出乙第一ないし三号証、鑑定人荒井晴夫、同金沢良光の各鑑定の結果、証人藤本源一、同沢俊男の各証言によれば被告金庫は前認定のとおり、基本契約、連帯保証契約及び本件契約をなすにあたり、予め契約条項の大部分を印刷してある契約書用紙三通を沢に交付し、これに、原告の署名捺印を受けたものを金額欄白紙のまま提出させ、被告金庫の側で金額欄に三〇〇万円と書き入れたものである(特に根抵当権設定契約書の金額欄は被告金庫の当該貸付担当の藤本源一が記入。)が、右の金額欄は各通いずれも一旦記載した字を何等かの方法で抹消したことを推知しうべき若干の変色もしくは「けば立ち」が存し、またこの部分に字を書くときはインクの滲みが生ずるような状態であつたことが認められ、これと被告金庫が金融を専門に取扱う営業であることとを考え合せれば、同被告としては当然に金額欄の状況について疑いをいだき、ひいて沢の代理権につき疑念を抱くべき筋合であつたと考えられる。そして被告金庫がこの点につき沢の代理権の存在を確認すべく何等かの手段を講じたとのことは認められないのであるから、結局被告金庫が本件契約をなすにあたつて、原告の代理人として事に当つた沢が、これにつき代理権を有すと信ずべき正当な理由があつたとはいうことができず、本件契約は無権代理行為として、その効力を認めるのに由がないといわざるを得ない。

そして前認定のように原告は債権元本極度額一七万円の限度においては沢に本件建物について根抵当権設定及び代物弁済の予約をなす代理権を与えていたからといつて、本件契約が右金額の限度において有効となると解すべきでないことは明らかである。

(5)よつて本件契約が有効であることを前提とする被告等の抗弁は理由がないから、原告の本訴請求を正当として認容すべきものである。

二、被告金子の反訴請求についての判断

被告金子が反訴請求の請求原因とする事実のうち、本件契約が有効に成立したとのことが認められないことは既に見たとおりであるので、その他の点を判断するまでもなく、被告金子の反訴請求は理由なしとして棄却すべきものである。

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